アテネオリンピック 障害馬術競技第8・9地域予選
獣医事関係報告
2003.7/17
平成15年6月20日
日本馬術連盟 獣医委員会
獣医委員 天谷 友彦

日程 2003年6月12日〜15日
場所 アーヘン馬術競技場(ドイツ)
参加国 オーストラリア・エジプト・日本・韓国・サウジアラビア・モロッコ・ニュージーランド(以上団体参加国0)中国・インド・イラン・レバノン・ヨルダン・マレーシア・フィリピン・南アフリカ(以上個人参加国)
参加頭数 44頭

1. 厩舎地区
 組み立て式のテント型の厩舎を使用していた。通路を挟んで両側に馬房があり(馬房は3.5×3.5mの広さ、通路は幅3m)、ヨーロッパでは一般的に使用されるものである。厩舎の壁は、布をベースとして表面に合成ゴムを塗布したもので、弾力性がある。亀裂さえ出来なければ、蹴っても適度のクッションで跳ね返るものであった。
 厩舎地区出入口は1ヶ所のみで、通行時にタグをチェックする。今回は予選会ということで、通行用タグの個数制限は無かった。(オフィスでの受付時に申告した本数がもらえた。)
 施設・セキュリティ体制ともに手馴れたもので、通常行われていることがよくわかる。1つの厩舎には数カ国が同居するため、各グルームはかなり神経質になっていた。一定のセキュリティのもとでは、個々の馬の管理は個人の責任で行なわなくてはならないことが、昨年からの規定に明記されるようになったためである。
2. インスペクション
 インスペクションエリアは、厩舎地区からメインアリーナへ続く通路で行なわれた。幅約3mの固い土の路面の上に、細かい砂利を敷き詰めた場所であった。両脇は幅1.5mの芝生になっており、高さ1m程度の生垣に囲まれている場所であった。インスペクション脇の待機場所は、芝生の練習場になっており、ここでウォーミングアップをしていた。インスペクション後はそのまま厩舎地区へ戻ることが出来るため、馬が滞ることなくスムーズに行われる動線であった。
 インスペクション委員は、獣医師代表・インスペクション委員の獣医師(1名)・審判員(2名)で構成されていた。走路上でインスペクション委員の獣医師1名のみが立ち合い、馬番を確認しパスポートを用いて「特徴照合」「インフルエンザ履歴のチェック」後に、歩様検査が行われた。歩様検査後の合否判定は、この獣医師が通告していた。他のインスペクション委員の意見を参考にする感じはなく、強い権限を持っているように見られた。1頭当たり1分程度の時間で行なわれた。ホールディングが行なわれなかったので、ホールディングチェックの手順が明確ではなかったが、再検査が必要な場合は翌日に行なう予定であった。この方法は、昨年見学したCSIルッツェルンでも同様である。
 歩様検査の判定は、かなり甘い基準であったと思う。よく見るとホールディングになりそうな歩様の馬でも合格となり、ホールディングの通告は無かった。連続した明らかな点頭運動を見せる馬はいなかったが、左右非対称性のイレギュラーが前肢または後肢に見られた。インスペクション委員の獣医師に尋ねると、「判断基準は、競技に当たって モfitモ するかどうかである。」とのことであった。この「fit」という言葉はなかなか曲者で、うまい表現をしたものである。昨年スイスのルッツェルンでのCSIO競技でも、インスペクション委員の獣医師が同様のことを述べていた。前進意欲の有無が、ひとつのポイントであるように思う。
3. ドーピングコントロール
 サンプリング用の厩舎が独立して用意されており、馬房の敷き料はストロー(麦かん)とシェーヴィング(カンナくず)の選択が出来るようになっていた。(それぞれ1馬房ずつ)ドーピング対象馬の勧告は、表彰式終了後に競技場出口で行われた。サンプリング頭数は3頭であった。担当獣医師によると、頭数については全頭数(44頭)の5%以上という獣医規定に基づくものであり、ドーピング対象馬を選出した理由は、個人成績1位・団体成績1位および2位のチームからそれぞれ1頭ずつ(チームのエースとなる4番手の馬匹)にすれば問題はないと考えたとのことである。
 それぞれの馬匹は、グルームが馬装を解いてからサンプリングの馬房へ連れて来られた。しかし、プロテクターは全肢とも装着させたままに指示されており、サンプリングが始まる前に担当獣医師がプロテクターをはずして、疼痛感の有無・刺激物質の塗布の有無などをチェックしていた。
 その後サンプリング馬房に入れられ、採尿担当者が馬房内に入り待機した。馬房内では、飲水・採食は一切出来ない。採尿されるとサンプリング担当獣医師がA・B検体に分注後、密封処置を行う。その後、採尿された場合は、A・B検体それぞれ20mlの試験管で1本ずつ採血される。1時間経過して採尿が出来ない場合は採血のみで、A検体が2本、B検体が1本である。
 尿・血液ともに密封された後に、サンプル番号の確認・付き添い者のサインをして、検査施設送付用の容器に密閉処置される。ドイツでのドーピングのサンプルは、すべてフランスへ送られているとのことであった。
4. 所感
 さすがに毎週のように競技会がどこでも行われているところなので、厩舎の設置や獣医検査、ドーピング検査などすべてがスムーズで、特に問題が見られなかった。選手、グルーム、役員、馬匹までが国際競技に慣れているという感じであった。
 練習馬場については、当初予定した場所でないところになったが、ここはホッケーの練習場であるため、芝生ではあるが路盤が固く障害飛越練習には不向きであったと思う。次週に控える競技会のため、使用できる馬場の制限などがあったためであろう。
 今回のインスペクションは、審査基準が低かった。もともと瞬発力が重視される「障害馬術」は、歩様検査で再検査・失格されることはあまり無いが、今回疑わしき歩様の馬さえホールディングにかけられなかった。馬場馬術でも一般の国際競技で、今回のような審査基準に相当する場合もあるとのことで、連続した点頭運動を見せない限り、失格にはならないようである。総合馬術が最も審査基準が厳しいものと思われる。このことは、インスペクションに来る際の服装からもうかがえるような気がする。(総合馬術では、選手が正装して馬をリードするが、障害馬術や馬場馬術では国際競技でさえチームウエアで来ることもある。)いずれにせよ、それぞれの競技会の競技種目・内容・インスペクション委員(特に歩様検査する獣医師)の基準に左右されるようである。
 今回のオリンピック団体参加予選は、過去に行われたようなCSIOと合同で行われず、単独競技として行われたために、参加頭数が少なくインスペクションの審査基準も低かったのではないか。参加頭数が少ない場合には、獣医委員も兼任業務をするなど、臨機応変の対応がされることは日本でも必要であろう。
 獣医師の配置としては、獣医師代表・インスペクション委員(サンプリング抽出および監視を兼任)の獣医師・サンプリング獣医師の3名体制であった。今回のように大きな大会でない場合には、獣医師は兼任の業務を行うようである。また、競技馬に疾病等が見られた場合には、それぞれの馬のプライベート獣医師が往診に来たり、簡単な処置のみFEIの獣医師が行ったり、それ以上の治療が必要な場合には近隣の診療所へ搬送する仕組みであった。今回の診療獣医師は、ドーピングを行っていた獣医師が兼任しているようであった。小規模の競技会ではそれもやむをえないところであろう。日本では、搬送できる施設がなかなか無いため、競技場でもある程度の治療が出来るような体制で臨むことが、参加人馬にとって安心ではないだろうか。
 ドーピング検査では、プロテクターをはずさないでサンプリング馬房まで来させていたが、最近障害馬術では前肢の管などに刺激物の塗布や過剰な疼痛刺激をさせるなどの虐待行為があるとのことだ。障害馬術競技では、トレーニングの過程で「肢当て」の行為が行われている。これらについての事実関係が確認されると、選手には規定に従った処罰がされるそうである。
何回かの国際競技の経験から「競技会における獣医事」は、その競技会の規模などによって対応がそれぞれ異なるが、フレキシブルな考え方で現場の運営が行われている。日本では、インスペクション、ドーピング共にまだ改善される点が残されており、獣医師団だけでなく役員にも知識や経験が乏しいのが現状であろう。競技会における獣医師のポジションやウエートは、改善されてきているが、認知度を含めた待遇の改善や、診療体制の整備など多くの課題が残されている。今後多くの人馬が競技会へ安心して参加し、スムーズな運営が出来るように、獣医委員会各委員の努力が必要である。

厩舎外貌 インスペクション・エリア
   
ホールディング・ボックス プロテクター保護部の検査